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豊パパのニュースルーム
話があっちへ行ったりこっちへ行ったりするけど・・・ それがNEWSなのだ
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リンクスビル発見 2
昨日の続きです。


開局まで10ケ月にせまった2月末になっても未だ本社ビルは

決まっていませんでしたが、最後に現れた候補の リンクスビルが

3月に入って俄然優位になりました。  ラジオ局といえどもやはり滋賀にあって

スタジオからびわ湖が見えないのは意味がないと思っていましたが、案外見慣れて

いる地元の人達が忘れていた条件かも知れません。

     
       今でも、ゲストが始めて本社に来て「びわ湖がキレイですねー」


       「びわ湖って大きいですね」と言ってもらう度に、「いやこれは南湖だけで」


       とかツッコミを入れながら、ここで良かったと思っています。


       
私の当時の手帳によると、この年の3月15日に設計担当の人とリンクスビルを

見に来て、初めてレイアウトの打ち合わせをしています。


  左が96年3月に撮った写真         右が2007年9月現在の写真   
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E3828AE38293E3818FE38199EFBC92.jpg>>SANY0130.jpg

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リンクスビル発見
前回は 本社ビルの候補地のひとつとして、琵琶湖文化館まで検討した

ということを書きました。

便利さ、広さ、高さ、面積、家賃、もちろん、条件としてはイロイロな問題があったのだが、何よりも

時間が足りない  という事が最大のネックでした。

     放送免許の申請の時は仮の場所のビルで登録していたのだが、仮の場所では

     最低半年はかかる放送機器の種類さえ決められません。

     送信アンテナの位置はNHK-FMと同じ場所(現在の岩根山)と決まっていた

     ので、そこまでの音の送り方を決めるためにも場所の固定は必要でした。

     例えば、STLという電波を使った送りかたを選んでも、途中に高い建物や山が
   
     あったら断念せざるをえません。

そんな時に地元のメンバーから 「ここは、あまり良くありませんが」

と言って見に行ったのが現在のリンクスビルでした。 

灯台もと暗しとはよく言ったもので、仮申請のビルのすぐ前に

放送局にはぴったりの変わった設計のビルがありました。

高松伸という気鋭の建築家(現在は超有名ですが)のビルがガラ空き状態で残って

いました。 

最上階の6階はレストラン仕様なので周囲は総ガラス張りで天井高も6m以上あり

放送局としても十分カッコイイ建物でした。


そして心に決めていた最後の条件も満たしていた。  最後の条件とは


スタジオからびわ湖が見えること !  




開局ウラばなし
お待たせいたしました。!!

前回のクイズの答えは難しかったみたいですね。

実は前回の文章の最後にヒントを隠していました。

   
  候(そうろう)  武士  お城   ・・・ (誰もわからん 自己満足ヒントでしたが・・・)



プリンス(ケンパさん)明日都(スポーツ小僧さん)、県庁(ダブルスープさん)、
西部(namazuさん) びわこタワー(白竜さん) 紅葉パラダイス(うさぎいぬさん)
カマボコの天辺(Meelさん プリンスの事?) 
たくさんのコメントをいただきましたにもかかわらず、

正解者なしでした。

やはり11年という歳月は古都大津の風景を大きく変えたのですねー。

大津にこの建物のイメージが出て来なかったみたいです。



開局準備で本社スタジオの場所探しをしていて、とっても気になったのは お城でした。


E69687E7A791E9A4A8EFBC91.jpg



ここにFMのスタジオがあったら 日本一おもしろいFM局になる!!


E69687E58C96E9A4A8EFBC92.jpg


もちろんプリンスはありましたが、琵琶湖ホールもパルコも琵琶湖ホテルも明日都も

まだ存在しなかった大津湖岸では 琵琶湖文化館は おもしろそうでした。

会議の時に、「もし、ここに引っ越したら社長は殿様の格好をしてもらおう」なんて冗談を言ってました。


琵琶湖の上に浮いているようなスタジオから四方を眺めながら番組が出来る。


いつものように 夢 はふくらむばかり   だが・・・・


だが現実は 


          調べるにしたがって難問が立ちはだかった。

    「県立の建物なので、県議会をはじめ、許可を得るのに1~2年かかるのでは・・・」

    「外装、内装ともかなり傷んでいるので、キレイに修理するだけで何億もかかるのでは・・・」

    「湖の真上なので 湿気がひどく 放送機器がすぐ故障するのでは・・・」


 またまた 時間切れ (お金がなかったのもあるが)でこのグッドアイデアもあきらめざるをえなくなりました。



と、ここまで書いて来たら、ななんと 今ごろ正解を送って来た人がいる。(出題から24時間後!!)

 三代目ヒロシ さん  大正解でした。
   











開局ウラばなし 
前回は滋賀FM放送設置推進協議会の事務所について書きました。

開局準備としてやるべきことは死ぬほどいっぱいありますが、

一番大切なのはスケジュール通りに案件を決定して行く事です。

免許・放送機器・局舎・スタジオ・送信所・株主・会社設立・社員採用・

番組編成・制作体制・ネットワーク体制、などなどやるべき事を挙げればきりがありません。

このほかにも、事業計画・営業計画・宣伝計画など課題はいっぱいありましたが、

中でも放送機器や送信所、スタジオなどは設計から1年くらいかかるのが通常

のスケジュールなのでどれかひとつでも大幅に遅れると開局が半年単位でうしろに

づれて行きます。 (ふつうの場合、開局は4月か10月です。例外もありますが)


今だから言える 滋賀FMのうらばなし・・・

実は本社とスタジオが入る予定のビルの完成より放送免許が2年近くも早く

地元に降りたのです。 

逆に言えば、ビル建設が予定より2年遅れたとも言えますが、 アトから参加した

私には詳しい経緯は分かりません。

「ビルが完成するまで、仮の場所で開局してもらえませんか?」

難題が降ってわいて来ました。

*** 私の夢は勝手に膨らんで ***

 2年間 浜大津に真っ赤なサーカステントを張って局舎にしたら・・・ とか


     オレンジ色の大型バスを5台くらいつないで局舎にしたら・・・とか


      これしかない! びわ湖に白い大型ヨットを浮かべて・・・とか


 果てしなく広がりましたが、当時の郵政省や電波行政の感覚からは

かなり、かけ離れ(今なら可能かも?)許可が出そうにありませんでした。 

 「それは 放送局ではなく 移動無線局ですね」と言われました。

何よりも先に オウチ から決めなくてはいけなかったのです。


下の写真が その2年後に完成した とあるビルです。
  この写真はイメージではありません (笑)
SANY0150.jpg








滋賀FM放送設置推進協議会
前回は 私の11年前の名刺の画像から入りました。

滋賀FM放送設置推進協議会 事務局 豊田一美という名刺です。

それは1月の寒い朝でした。 (北原ミレイ風にスタート・・・ あ、知らないか・・・)

正式にFM大阪から出向となったワタクシは浜大津にあった 事務局に

出社しました。


そこは いかにも開設準備室といった雰囲気のせまいせまい部屋でした。

常駐のメンバーはすでに長く準備に携わって来たN氏とH氏 そして今日から私。


ゲッ 3人なのに机が2つしかない!!


その瞬間から 私の第4のラジオ人生が始ったのです。


第1は学生時代バイトしていたTBS、第2は70年開局のFM大阪、第3はJFN

そして第4が開局1年前の滋賀FM放送設置推進協議会。

まだ「滋賀FM」なのか「FM滋賀」なのかも決まっていなかった。


そう言えば 現FM大阪に入社した時も正式社名は「大阪音楽FM放送」だった。


さて、滋賀の話にもどるが

その頃、準備室が間借りしていたのがこの建物

11年後の今もそのまま ありました。

結構古い感じですが、あの頃もすでに古い感じでした。

都合により 全景は差し控えますが、間違いなくあの時の窓がこの窓です。

  ”この写真はイメージ では ありません”

SANY0149.jpg



その日はじめて E が出てきた
人間サマでも同様ですが 「 名は体を表す 」 と言うように
ネーミングは大切です。 本当は人物があってはじめてその人の
名前のイメージがアトで決まるのですが、誕生前というのは
本当に皆さんネーミングに重大な責任を感じるものなんですネ。

FM滋賀のステーションネームの あーでもない こーでもない は
前回にも書きました。


文字どおり決定的瞬間はこうしてやって来ました。


開局の年 96年の3月から4月にかけて局の方針を決めるコンセプト会議が
頻繁に行われていました。
もちろん、未だ入社試験もなく社員はゼロの状態。

ネーミングだけでなく、たくさんの事をゼロから決めていかなくては
なりません。
大きくは 機器の発注、本社の場所、送信所の場所、会社の規模や
事業計画などです。



何回目かのネーミングに関する会議の席で
あんな事もこんな事も・・・アレもコレもやりたいですねー と皆さん
から新しいステーションへの夢が語られていた。

そのとき、Mさんの口から

「 その夢が全部実現したら

                  本当に  いいラジオ  ですね ! 」

という発言がありました。

  いい ラジオ  いい ラジオ   滋賀県に いいラジオ 作りたい

  そうだ  E-RADIO だ !! (今でもその発言の瞬間は覚えています)

  その日はじめて
 
 E  が出てきました。 
  

下の画像はその当時の私のワープロに入っていたメモです。
 
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もしe-radioじゃなかったら 2
もしe-radioじゃなかったら・・・ 

FM滋賀のステーションネームを決めるのにはいくつかの論点がありました。

それはそれは、皆で滋賀県のアイデンティティーを決めるようなものだから、

それぞれにイメージも異なり、ラジオに求める夢も違っていた。

いちばんのポイントは、意外に思われるかも知れないが

「琵琶湖」をどうするかということだった。 ま「琵琶湖放送」もあるし、

「びわこ」 というと何となく音楽、若者という当時のFM局イメージと

合わないとも言われた。 そこで英語に直して LAKE や B (びわこのB)

が出て来た。 一時期 LAKERS (湖のひと) が有力になったこともあった。

これはさすがに ロサンジェルス レイカーズ(バスケ)が有名なのでムリ。

びわこの怪物 ビッシーも出て来た。  FMビッシー ?


我々は滋賀県中のさまざまな商品名や商標、出版物、ポスターを調べた。

そのほとんどに 琵琶湖の形が貼り付けてあり、イメージ色は青だった。


離れ過ぎてもいけないし、くっつき過ぎても飲み込まれる。

やはり琵琶湖はでかいということだろう。


しかし、新しく生まれるFMラジオ局には 


何かちがうもの   something special 


が 欲しかった。

もし、e-radio じゃなかったら

このブログを書き始めたとき、秘話も書いてみたい

と言っておりましたが、そのあと駅弁やキレイでもない自分の足

などなど普通の(失礼)記事ばかりアップしていたら、

某身内からも 「どこに秘話があるのさ」 など告発も受けています。


そこでぼつぼつ 本邦初後悔・・・ではなく初公開のお話を


題して 「コーヒー・味噌汁・いいラジオ」  

タイトルの意味は次回ということで

1回目の今夜は 「もし e-radio じゃなかったら」

という お話。

FM滋賀の開局の10ケ月ほど前になりますが、

7~8人の準備スタッフが滋賀のいろんな会社から集まって

開局準備委員会のようなものを作っていました。

その会議でとりあえずステーションネームを考えることになりました。



その時の会議資料のひとつがこれです。




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 LAKESIDE   LAKERS   Be-FM  Be-WAVE  LUCKY STATION

 BISSY  さざなみ  biwacco  Biwac  biwax  FM-77  DAYS-FM

 などなど  たくさんの候補が出ては消え出ては消えていきました。

biwax.gif



 2枚目のプリントは当時の私のワープロ (懐かしい)に残っていた資料です。
 
 自分でもいろいろなロゴマークや使用例をイメージしながら考えていました。

 何回も会議をしている中で、biwaxーFM という名前が有力になっている

 という話が外部にもれたため、某株主から 「 軽すぎる ふさわしくない 」

 という抗議文が送られて来たりというハプニングもあり

 大騒ぎの議論になっていました。
        
 

     あなたなら どれを選んだ ?


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